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福岡地方裁判所 平成2年(ワ)524号 判決

主文

一  原告の各請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

第一  申立

一  原告

1  原告と被告両名との間において、被告甲野春子(以下「被告春子」という。)が、被告乙山株式会社(以下「被告会社」という。)の代表取締役の地位にないことを確認する。

2  原告と被告会社との間において、原告が被告会社の代表取締役の地位にあることを確認する。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  被告ら

主文第一、二項同旨

第二  事案の概要等

一  事案の概要

1  被告会社は、不動産賃貸等を目的とし、実質はその肩書所在地に所有する自社ビルの各室を賃貸するのを唯一の営業とする株式会社であり、訴外亡甲野松太郎(以下「松太郎」という。)が昭和四二年三月二四日に設立したもので、原告は同人の長男、被告春子は同人の五女であり、そのほかの取締役ないし監査役合計七人も全員松太郎の妻ないし子らであり、被告会社は完全な同族会社である。

2  原告は、松太郎死亡後の昭和五八年一二月から被告会社の代表取締役社長であつたところ、被告春子は、平成元年一二月一四日開催の臨時取締役会(以下「本件第一取締役会」という。)において代表取締役に選任されたと主張し、更に平成二年二月一七日開催の取締役会(以下「本件第二取締役会」という。)において原告の代表取締役を解任したと主張して原告の代表取締役としての地位を否定するに至つた。

3  本件は、原告において右各取締役会の議決の効力を否定し、被告春子が代表取締役の地位にないこと及び原告がなお代表取締役の地位にあることの確認を求めているものである。

二  争点

1  本件各訴えの確認の利益の有無

(被告会社の主張)

代表取締役として登記され、その外観を備えている者によつてその後株主総会が招集され、同総会に手続上、内容上の瑕疵がないときは、その総会でされた決議の効力には影響がなく、その決議は有効と解されるところ、被告春子は被告会社の第二四期定時株主総会(以下「第二四期株主総会」という。)により新たに取締役に選任され、その後の取締役会において代表取締役に選任され、その登記も了したのであつて、原告及び被告春子は、右第二四期株主総会の終結のときに任期満了により取締役を退任したのであるから、被告春子が被告会社代表取締役の地位にないことの確認及び原告が被告会社の代表取締役の地位にあることの確認を求める各請求は、いずれも確認の利益を欠くに至つたというべきである。

(原告の反論)

取締役を選任する旨の株主総会の決議が存在するとはいえない場合、当該取締役によつて構成される取締役会は正当な取締役会とはいえず、かつその取締役会で選任された代表取締役も正当に選任されたものではなく、株主総会招集の権限を有しないから、このような取締役会の招集決定に基づく代表取締役がした招集による株主総会において新たに取締役を選任する旨の決議がされても、その決議は全員出席総会のごとく特段の事情のない限り、法律上存在しないというべきであり、この瑕疵が継続する限り、以後の取締役会において新たに取締役を選任することはできないものと解される。したがつて、第二四期株主総会の取締役等の選任決議は無効であり、商法二五八条、二六一条三項、二八〇条により新たに適法な役員選任がされるまでの間、任期満了によつて退任した役員が引き続きそれぞれ代表取締役等として権利義務を有することになるのであつて、これらの被告会社の組織に関する法律関係を確定するためには、被告春子や原告の代表取締役の地位の存否を確定することが必要である。

2  本件第一取締役会が有効に成立し、被告春子が代表取締役に選任されたか否か。

(原告の主張)

一  議長選任手続の瑕疵

被告会社の定款二六条には、取締役社長が取締役会の議長となる旨定められていたから、取締役社長であつた原告が議長を務めるべきであつたのに、被告春子らはこれを無視し、同被告及び取締役訴外丙川松子(以下「松子」という。)を議長として被告春子を代表取締役に選任したのであるから、その手続は定款に反しており、無効である。

二  議事運営の瑕疵

正当な議長選任の手続もないまま、混乱した会議の秩序を回復することもなく、被告春子らによつて強引に議事の進行、運営がされ、十分な討論等もなく、不公正な手続でされたのであるから、会議といえるものではなく、その議決は無効である。

(被告らの主張)

原告は、被告会社の経営等をしていたが、母マツの面倒もみず、その持株を自己の所有名義とし、或いは経営の実態を姉妹らに明らかにすることもなかつた。そこで、姉妹らは、やむなく一同結束して被告会社の民主的な運営を図ることにし、松子により原告に対し、取締役の開催を求めたが、原告が応じなかつたので、松子において被告会社の取締役会を招集したものである。取締役会には取締役総数七名全員が出席しており、商法二五九条二、三項により開催された取締役会であつたので、議事進行の公正のために議長として被告春子を選任する旨の提案がされ、原告も同意し、その選任がされた上、取締役被告春子が議長として議事が進められたものである。被告春子を代表取締役に選任するについては、役付取締役増員の件として提案され、審議され、各取締役により意見の開陳がされたあと、過半数をもつて被告春子を代表取締役に選任する旨の議決がされたものである。

以上のとおり、被告春子を議長とすることは原告も同意してされたものであり、会議も質疑等がされて進行したのであるから、無効といえるものではない。

3 本件第二取締役会が有効に成立し、原告が代表取締役を解任された否か。

(原告の主張)

右取締役会は、原告の議長のもと、当初は正常に進行していたが、右解任決議の前からは完全に混乱し、全く会議の体をなしていなかつた。すなわち、右解任議決の際は、被告春子が議長になつたが、その議長交代についても何ら正当な手続はされず、その後の審議は完全に混乱したまま強行された。解任の対象とされた原告の釈明、意見陳述の機会もないまま、強引に可決の手続がされたものである。

結局、本件の解任も本件第一取締役会の審議と同様、議長交代において定款に違反し、その決議方法が著しく不公正なものであつて無効である。

(被告らの主張)

代表取締役の解任に関する取締役会の議決は、取締役会の代表取締役に対する監督権の発動としてされるものであるから、当該代表取締役は、特別利害関係人に当たり、議決権を行使することができないものと解され、当然に議決権を失い、取締役会から排除され、当該決議に関し、議長としての権限も失うものと解するのが相当である。したがつて、取締役松子が原告の解任等の動議を提出した時点で原告は取締役会の議決権を失い、議長としての権限を行使することができなくなつたとみるべきである。そうでないとしても賛成多数により被告春子が議長となつたことにより、原告は議長としての資格を失つたものである。取締役総数七名のところ、出席者は六名であり、原告が議決権を有しなくなつたのであり、訴外丁原梅子(以下「梅子」という。)、松子、訴外戊田菊子(以下「菊子」という。)、被告春子が解任に賛成したのであるから、可決されたものである。

第三  当裁判所の判断

一  本件訴訟に至る経過等

当事者間に争いがない事実及び証拠によれば、次の事実が認められる。

1  当事者

松太郎は、昭和二五年五月、事務用機器の販売会社である甲田株式会社(以下「甲田」という。)設立し、昭和四二年被告会社を設立した。被告会社は、事務機用機器の生産、販売過程等を合理化、近代化するため、博多駅周辺に近代的なテナントビルを建築し、ビル内に各種新鋭機器を展示、販売するとともに事務機械取扱者(オペレーター)の養成を図る目的で設立された会社であり、松太郎は、ほかに関連会社である株式会社乙田センター(以下「乙田センター」という。)を設立し、経営していた。原告は、右甲田等の設立当初から松太郎の仕事を手伝い、昭和三八年頃に甲田の専務取締役となり、昭和五〇年に松太郎が同社の会長となつた際、代表取締役に就任した。松太郎は、昭和五八年一一月に死亡したので、その後、原告は被告会社の代表取締役社長に就任した。なお、乙田センター及び甲田の本社は被告会社ビル内にある。

松太郎には、長男原告、二男訴外甲野二郎(同人は、乙田センターの代表取締役に就任している。以下「二郎」という。)のほか、妻訴外甲野ハナ(以下「ハナ」という。)があり、同女との間に長女松子、二女竹子、三女梅子、四女菊子、五女被告春子を儲けており、右ハナら及び原告の妻訴外甲野桜子(以下「桜子」という。)もそれぞれ昭和五八年頃から被告会社の取締役或いは監査役に就任し、その登記もされていた。

(当事者間に争いがない事実)

2  被告会社の経営状況

ハナは、松太郎の死亡後、二男二郎と同居していたが、折合いがよくなく、昭和五九年二月に梅子と同居し、さらに昭和六〇年八月からは被告春子と同居するようになつた。ハナは被告会社取締役として月額報酬の支払を受けていたが、被告春子は家族らをかかえており、ハナの扶養と自らの生計を立てるのに苦慮していた。

原告は、二男二郎ともに被告会社等を経営していたが、被告会社の経営は思わしくなく、手形不渡り等の不測の事態が予測される状況になつた。また、被告会社の株主である姉妹ら間では、株式の配当が低額になつたことを契機として、原告がハナ名義の被告会社の株式を原告所有名義に変更したことや母ハナに対する扶養を怠つていることの不満が出るようになつた。姉妹らは、それまでの間、被告会社の取締役に登記されているものの、実質上の経営等には関与していなかつたが、これを改めるべきであるとの意見が強くなり、監査役である竹子において被告会社に対し、監査のための書類関係の提示を求めたものの、これを拒絶されたため、さらに、姉妹らは、母ハナの扶養や同居している被告春子の生活費用の捻出、ハナ名義の株の原告名義への移転の阻止等についての話合いをした結果、原告の被告会社の経営を正すこととし、新たに姉妹の中から被告会社の代表取締役一名を選任し、増員することにした。

3  取締役会の請求

平成元年一二月ころ、被告会社の取締役は、「原告、ハナ、梅子、桜子、松子、菊子、被告春子」の七名であり、監査役は「二郎、竹子」の二名であつた。同月一日、長女である松子において姉妹を代表し、被告会社代表取締役社長である原告に対し、定例取締役会の開催そのほかの業務運営に関し、取締役会を開催するよう請求したが、原告は、その後五日以内にその招集通知を発しなかつた。そこで、松子らは、原告が取締役を開催する意思がないものと判断し、同月八日付郵便をもつて被告会社の各取締役に対し、附議事項「業務上運営の件、そのほか」とし、日時「同月一四日午後一時より」、場所「丁田ビル七F」として臨時取締役会を開催するのでこれを招集する旨の通知をした。

4  本件第一取締役会の状況

同年一二月一四日、被告会社の取締役、監査役全員が出席して取締役会が開催された。会の冒頭において、松子から議長として春子を選任する旨の提案がされ、原告も消極的ではあるが、一応承認の回答をし、そのほかの取締役に異議がなかつたので被告春子が議長をすることになつた。書記役を竹子が務めることになり、松子により議案書が配付されて審議が進められた。第二号議案(ハナから姉妹らへの株式譲渡承認の件)の審議に入ることになつた。原告がハナの従前の持株の移転について異議を述べ、一時、議事が滞つたものの、姉妹やハナは賛成の立場であつて、各姉妹らがそれぞれ一〇〇〇株ずつをハナからの譲渡を受けることの承認案が可決された。同議案の可決された後、ハナは退席し、第一号議案である代表取締役として役付取締役増員の件として取締役中より代表取締役専務一名、常務取締役二名を選任することが審議され、原告は反対意見を述べたが、多勢に無勢であり、代表取締役専務に被告春夫が推薦され、挙手の結果、松子、菊子、梅子、被告春子が賛成し、同被告を代表取締役に選任することが可決された。

その後、平成元年一二月二二日、被告春子の代表取締役就任の登記がされた。

なお、被告春子らは、同取締役会の状況をテープに録音しており、平成元年一二月一四日付けで被告会社取締役会議事録が作成されたが、その記載では、「取締役総数七名、出席取締役数七名」とし、「招集責任者取締役松子の提案により出席取締役全員同意をもつて取締役被告春子を議長に選任票決し、議長被告春子開会を宣し、下記議案の審議に入つた。ハナの体調から同女所有の株の譲渡承認の件が先に審議、承認され、同女の退出後、役付取締役増員の件として審議がされ、前記のとおり可決された。」などの記載がされている。また、原告、桜子、二郎は、その後同議事録記載についての異議を申し出をした。

5  本件第二取締役会と原告の代表取締役解任の経緯等

その後、同年一月二〇日被告会社の取締役会が開かれ、第二三期定時株主総会の附議事項等が審議され、取締役、監査役の選任と報酬の件等が株主総会に附議されることになつたが、具体的な取締役等の報酬額は決まらないままであつた。なお、このころ、竹子が、被告会社の監査役として第二三期決算の監査をすべく、被告会社を訪れたが、原告は書類等の閲覧にも応じなかつたので、姉妹らは原告の一方的な被告会社経営の姿勢に対し、さらに態度を硬化させるに至つた。

原告は、被告会社の代表取締役社長として各株主に対し、平成二年二月九日付けで、附議事項を「第二三期営業報告等の件」とする株主総会招集の通知をした。

同月一七日定例取締役会が開催され、ハナ以外の取締役全員が出席した。最初は被告春子が議長になり、取締役、監査役の報酬の件が前回の取締役会に引き続いて審議され、報酬総額三一八〇万円として株主総会に図ることが全員一致で可決され、次に取締役の変更について討議され、桜子が取締役を退き、二郎にその地位を譲る案については、被告春子から竹子が監査役の任期を終えるので取締役の欠員を補充し、監査役として新たに被告戊原を充てる案が提案され、賛否が問われたところ、四対二で竹子を取締役にする案が可決された。もつとも、桜子は、辞表を出すことは渋つたままであり、結局、株主総会の動向により取締役が二郎となつたときは、同女が辞表届けを出すことになつた。

その後、株主名簿の確認等についての資料が配付されたところ、原告から同名簿記載のハナの持株八八〇〇株については五〇〇〇株が正しく、原告分二八〇〇株とあるのは六六〇〇株のはずであるとの抗議がされ、被告春子らはこれに反論し、さらに被告会社の経営悪化、議事録作成の経緯等が議論され、姉妹らは原告の専横的な態度が変わらないままであるとして、退任を求める発言をするようになつた。被告春子が議長になり、挙手を求めた結果、松子、梅子、菊子、被告春子の四名が賛成したので、同被告は賛成多数により原告の解任が議決された旨を宣した。原告は、任期途中であるから代表取締役社長の地位を保持している旨を述べて抗議した。

その後、原告は同日の議事録を作成しなかつたため、被告春子らがその作成をすることとし、被告春子、梅子、松子、菊子の署名捺印のある被告会社の右取締役会の議事録を作成したが、同議事録には取締役総数七名、出席取締役六名とし、株主名簿の承認可決がされ、途中から松子から代表取締役不信任案が提案され、賛成多数により議長は春子に交替し、原告解任の案を審議に図つたところ、梅子、松子、菊子、被告春子の賛成をもつて承認可決された旨の記載がされている。

さらに平成二年二月二三日、被告会社の第二三期定時株主総会が開かれ、被告春子は、議長として右解任らを報告し、被告春子らは、新たに竹子を取締役に選任し、原告を排除して被告会社を経営するに至つた。

6  被告会社の第二四期定時株主総会の開催

平成三年二月二〇日、取締役梅子から代表取締役被告春子に対し、定時株主総会の議題等を審議するための取締役会開催の要求がされ、同月二三日、被告春子は同年三月三日に取締役会を開催する旨を全取締役に対して通知した。同日、被告春子、松子、竹子、梅子、菊子のほか監査役戊原五郎、同二郎が出席して取締役会が開催され、同月二二日午前一〇時三〇分から福岡市博多区内の甲原ビルにおいて第二四期定時株主総会を開催することとしてその招集をする旨及び同総会の議案は、利益処分案等のほか、取締役選任に関する議案であり、取締役候補者は「ハナ、松子、竹子、梅子、菊子、被告春子」の六名として株主総会にかけることになり、その後、被告会社株主に対し、右議案等を記載した同総会開催の通知が送付された。

同月二二日、前記甲原ビルにおいて被告会社の第二四期定時株主総会が開催された。同総会には被告会社の、顧問弁護士、税理士も同席しており、審議の結果、発行済株主総数二万株のうち出席株主六名全員(その持株数一万四二〇〇株)の賛成のもとに、議案書のとおり取締役としてハナ、松子、竹子、梅子、菊子、被告春子の六名を選任するとの決議がされた。

その後、同年四月五日、各取締役の重任の登記がされたが、原告は右のとおり第二四期株主総会で選任されなかつたため、同日取締役退任の登記がされた。

7  その後の事情等

原告は、平成二年、ハナから昭和六〇年七月以降合計三八〇〇株の株式の譲渡を受けたと主張して被告会社や被告春子を相手方として持株数の確認を求める訴えを提起し、以後、被告春子らと被告会社の経営権を争つている。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断略》

二  争点に対する判断

1  本件各訴えの確認の利益の有無について

被告らは、本件各取締役会後、第二四期株主総会が終結し、新たな取締役が選任されるなどしたのであるから、被告春子及び原告の地位を確認する利益は失われたと主張し、確かに、第二四期株主総会において新たな取締役等の選任がされていることは、右一、6認定のとおりであり、被告会社定款二〇条では、「取締役及び監査役の任期は、就任後に年内の最終の決算期に関する定時株主総会終結のとき迄とする。」と定められているのであるから、本来は、原告や被告春子は、その地位を失つたと解されるところである。

しかしながら、原告は、もともと、被告春子の代表取締役としての地位を争つており、その株主総会招集の権限がないこととなれば、右第二四期株主総会もその成立の基礎を失い、効力が否定されるおそれがあるものである。もつとも、第二四期株主総会が全員出席で開催されるなどの特段の事情があれば別異に解すべきところ、同総会は、代表取締役の地位を争われている被告春子が招集し、総会決議がされたものであり、同総会に原告らは出席せず、また、その所有株数が株主名簿と異なる旨を主張して被告春子らを相手方にして訴訟を提起していることは右一、6、7のとおりであるから、第二四期株主総会を被告春子の地位等と切り離してこれを有効とすべき特段の事情は認め難いといわねばならない。

したがつて、本件各訴えは、なおその確認の利益を有しているというべきであり、これを喪失したとの被告らの主張は、採用することができない。

2  本件第一取締役における被告春子の代表取締役選任について

定款二六条では、「取締役会は、社長が之を招集し、その議長となる。取締役社長に事故あるときは、取締役会の決議を以つて予め定めた順序により他の取締役中の一人がこれを代行する。」と定められているところ、第一取締役当時、原告が取締役社長であり、原告の同取締役会に出席したことは前記一、4のとおりである。

しかしながら、右定款の定めは、正常な会社経営のもとにおける取締役会の議長を定めたにすぎないと解されるところ、取締役会自体が開かれたことがなく、松子において原告に対し、取締役会の招集を求めたのに、原告は五日以内に招集通知を発せず、やむなく松子において商法二五九条二、三項により招集の手続をしたものであつて、原告には、議事進行をする意思があつたとは解されないのであるから、右定款の定めは適用されないものということができる。また、取締役会は、選任された取締役らにおいて会社を運営し、共同して株主らに対する責任を負うのであつて、取締役ら全員の同意のもとに議長を選任して議事を進行させることは何ら差し支えがないというべきところ、会議冒頭に松子が被告春子を議長に選任したい旨の発議をし、原告も消極的ではあるが、これに応じ、原告も被告春子が議長を務めることに異議を述べなかつたのであるから、本件第一取締役会の議長選任の点に瑕疵があつたとはいえず、この点の原告の主張は採用することができない。

原告は、本件第一取締役会は、混乱した中で議事が進められたのであり、適法な議事運営がなく、十分な意見交換のない取締役会であつたから、決議自体が不存在もしくは不公正というべきであると主張するが、もともと、被告春子ら姉妹は、右一、1ないし3の経緯のとおり、原告の経営等に不満があり、実質上も被告会社の経営に関与するべく、周到な用意、準備のもとに同取締役会の開催を求め、これを実行に移したものであり、会議の状況等も一、4のとおりである。被告春子を代表取締役に選任することについての意見が多数であることも明らかであり、録音したテープにより議事録も作成されたのであるから、到底、会議の実体がないとはいうことができないのであつて、この点の原告の主張も理由がないというほかはない。

以上のとおりであつて、本件第一取締役会は有効に成立し、被告春子が代表取締役に選任されたものであるから、これが無効であるとの原告の主張は、採用することができない。

3  本件第二取締役会における原告の代表取締役解任について

原告は、議長交代の違法、決議方法の不公正を主張し、原告が同取締役会の議長を務めていたが、途中から被告春子に交代したことは前記認定一、5のとおりである。

しかし、同取締役会は、前回の取締役会に引き続いて取締役報酬等の審議がされたものであり、被告春子らが録音したテープの反訳書によりその審議経過等は明らかである。途中、原告の代表取締役解任が発議され、被告春子が議長を務めたのも、代表取締役の解任に関する取締役会決議は、取締役会の代表取締役に対する監督権の発動としてされるから、当該代表取締役は特別利害関係人に該当し、議決権を行使することができないことによると解され、その措置は相当ということができる。もともと、議長の権限行使は、審議の過程全体に影響を及ぼすから、不公正な議事を導くこともあり得るのであり、解任の決議の対象となる代表取締役は、特別利害関係人として議決権を失い、これに従い当該決議に関しては議長としての権限も当然に喪失するとみるべきであるから、議長を交代したことは相当であり、前記一、5認定の審議の経緯につき、これを違法とすべき点はないというべきである。

また、審議は十分ではなかつたとの点も、既に被告春子らは、原告の独断的な被告会社の経営に不満をもち、これに対抗すべく結束して取締役会に望んでおり、これらの点は原告も知悉していたのであつて、七名中の四名の多数の取締役により可決された本件第二取締役会の原告の代表取締役解任の決議に原告主張のような違法はないというべきである。

以上のとおりであつて、本件第二取締役会の原告の代表取締役解任を無効とする事由はなく、この点の原告の主張も採用することができない。

4  以上のとおりであるから、原告の本訴各請求は理由がない。

第四  結論

よつて、原告の本訴各請求は棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧 弘二)

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